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大阪地方裁判所 昭和36年(行)25号 判決 1966年2月28日

原告 東洋交通株式会社

被告 大阪陸連局長

訴訟代理人 上杉晴一郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、被告が原告に対し昭和三〇年一二月二四日なした原告の一般乗用旅客自動車運送事業の廃止の許可が無効であることを確認する。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二、請求原因

一、原告は、昭和二五年一二月二〇日、被告から一般乗用旅客自動車運送事業の免許を受け、昭和二六年三月資本金三〇〇万円(昭和二七年五月一日六〇〇万円に増資)をもつて設立され、車両二〇台により右事業を経営していた会社で、昭和三〇年一月一〇日頃から訴外笹谷新吾が代表取締役をしていた。

被告は、三〇年一二月二四日、原告に対し、同年一〇月一二日付申請人原告名義の事業廃止許可申請(以下、「本件申請」という。)にもとづき、右事業の廃止を許可する処分(以下、「本件許可」という。)をした。

二、しかし、本件許可は、被告において、

(1)  本件申請が、訴外日本タクシー株式会社代表取締役坂本長作及び大阪陸運局自動車部長訴外杉田幸二両名の詐欺強迫により原告代表者笹谷新吾のなした意思表示によつて締結された営業譲渡契約にもとづく申請であること、

(2)  本件申請が、事業の廃止について原告の取締役会及び株主総会の決議がないのに申請されたものであること、

(3)  本件申請は、笹谷新吾において事業廃止の真意がないのに、原告から日本タクシー株式会社に対する事業譲渡の認可申請手続をしないで法の許さない便法として事業廃止許可の申請をしたものであること、すなわち、本件許可の反面、被告が日本タクシー株式会社に対し、本件許可と同時に、車両二〇台の増車を認可するものであること、

をすべて熟知しながら、なされたものであるから、重大かつ明白な瑕疵があり無効である。

右(1) (2) (3) に関する事実関係は、次のとおりである。

(一) 原告の被用者である運転手訴外山本某、口野某、堀某らは、原告の管理者不知の間に、大阪陸運局の代行機関である大阪旅客自動車組合から自動車のナソバープレートの不正交付を受け、昭和三〇年四月二七日、同年五月一三日、同年六月二二日の三回にわたり、同一番号のナンバープレートの二重使用をした。同年七月一七日頃、原告代表者笹谷新吾が右事実を聞知し調査した結果、右組合が原告の申請がないのに右運転手らの求めるままにナンパープレートを交付していたことが判明した。そこで、笹谷新吾は、右組合書記長訴外中山基明を通じて、被告に対し、監督不行届を詑び、不正交付を受けたナンバープレートを返納した。被告側においても、ナンバープレート交付手続に落度があつたので、原告に今後の監督を十分にされたいという程度で不問に付した。

(二) ところが、同年九月一六日、大阪府福島警察署交通係主任訴外中村六弥は、前記事件が一応解決ずみであるのに、笹谷新吾を道路運送法等違反被疑者として、原告について押収及び捜索をした。

(三) 笹谷新吾は、すでに前記運転手口野らを解雇し、口野は福島区所在の訴外さくらタクシー株式会社に勤務していたが、その頃、右口野らは他人を介して笹谷新吾に対し、同一番号のナンバープレートを付けた自動車二台を並べて撮影した写真を示し、これを一〇万円で買えと恐喝したことがあつたが、笹谷新吾は、右写真の存在から右行為が全く計画的で背後に何人かがいるに相違ないと考え、これを拒絶した。

(四) 当時、タクシー業者の保有車両は非常に限定され、各業者はあらゆる手段を用いて増車を図らうとしていた。そして、他の業者の落度や違反を巧みに利用して、権利を売却せざるを得ぬ窮地に陥れ、又そのための策略をも用いたことがあつた。現在は、その非合法の故に解散して存在しないが、当時、前記大阪旅客自動車組合が存在して、車両枠の権利売買の場となつていた。すなわち、甲会社が乙会社に対し、権利を売るということになれば、右組合さえこれを承認すれば、甲会社からは事業廃止申請、乙会社からは譲受車両数の増車申請をする形式で、被告は無条件でその許認可を与えられた。

(五) 笹谷は、口野らの前記申入を拒絶したものの、果せるかな前記警察の動きとなつたのであるが、これは前記さくらタクシー株式会社の動きかけによるものである。このことは、元来、当時都島区所在の原告について管轄者でない福島警察署が捜査をする理由が全然考えられないし、又、同警察署交通係主任中村弥六が原告係員を取り調べたときにも、原告をつぶしてやる等放言していたことからも明らかである。そして、右中村は、数回にわたり被告に対し、原告に違反事実のある旨を連格し、行政処分を要請した。

(六) そこで、被告は、形式的に、原告係員について事情聴取をして監査をし、公聴会をしたうえ、従来の例では該当車のみの事業停止が普通であるのに、同年九月三〇日、原告に対し、一ケ月間事業を停止し、経営の改善策を命ずる処分をし、当局の期待に反するときは、さらに行政処分を行うことを附言した。

原告にとつて、右行政処分は、全く意外であつた。すなわち、同処分の理由の一は、前記ナンバープレート二重使用事件であるが、これは前記のとおり不問に付されていた。その二は、自家用乗用自動車一両をもつて特定会社に継続的に運送を行つたというのであり、その三は、休車中の自動車のナンバープレートを自家用車に取りつけ営業をしたというのであるが、右はいずれも原告において被告の許可を受けており、右行政処分に先立つ調査に際し大阪陸運局係官もこれを認めていた。その四は、法定の所要手続を行わずに本社営業所を廃止したことであるが、この点は笹谷新吾の代表取締役就任前のことで全く知らなかつたことであるので今後このようなことのないことを誓約していたからである。

(七) 前記行政処分の前頃、笹谷新吾は、社会党所属大阪府会議員訴外北野光太郎を介して、社会党所属大阪府会議員、日本タクシー株式会社代表取締役訴外坂本長作に解決策を相談していたのであるが、前記行政処分の二、三日後、大阪陸運局自動車部長訴外杉田幸二に対し、同処分にいう抽象的な改善策、主体性の確立、追加の行政処分とは何であるかを陳情かたがた教えを乞うたところ、杉田は、タクシー業界の長老といわれるような人達に役員構成を代えるべきこと(これは、暗に、坂本長作を意味する。)、陸運局の気に入る役員構成にしないと免除取消が必至である旨を言明した。

(八) 笹谷新吾は、前記行政処分の直後においても、北野光太郎に事後処理について相談したところ、その円満解決策は坂本長作をおいて外にないから両人に頼ろうということになり、北野を通じて坂本に解決策指導方を依頼していた。笹谷新吾は、坂本が公私多忙で同人に会えなかつたが、北野を通じての坂本の返事は、免許取消の線が強い、なお当局に折衝してみるとのことであつた。このような関係で、杉田自動車部長、坂本長作の線は、すでに出来ていた。

(九) 笹谷新吾は、同年一〇月一二日、ようやく坂本に会えたが、個人から、種々当局に働きかけたが免許取消は確実であるので免許取消前に他に営業権を売却する以外に道はないと言われた。そこで、笹谷新吾は、やむを得ず、坂本の経営する日本タクシー株式会社に対し、原告の営業権を代金二、〇〇〇万円で売却することにした。そして、その場において、笹谷新吾は、坂本が用意していた、それぞれ日付を異にする事業廃止許可申請書(乙第一号証)、株主総会議事録(乙第二号証)、原告作成名義の被告宛回答書(乙第三号証)を、事業譲渡認可申請に必要な書類であると考え、その文面内容を見ないで、同時に、これらの書類に押印した。

右書類が被告に提出され、本件許可がなされ、反面、被告は日本タクシー株式会社に対して増車を認可した。

(一〇) 本来、行政処分によつて原告の所為はすでに懲罰されている筋合であつて、役員構成云々とか抽象的なことでこれを再燃し、更に行政処分をすることなどは、一事不再理の原理上考えられないところであつたのに、以上のように、杉田及び坂本が、原告の窮地に乗じ、笹谷新吾に対し詐欺強迫を加え、その結果、同人に原告から日本タクシー株式会社に営業を譲渡する契約を締結させたのである。

よつて、原告は被告との間において、本件許可の無効確認を求める。

三、仮に本件許可じたいに重大かつ明白な城疵がないとしても、本件許可は、いわゆる認可の本質を有するから、本件異議が無効であるときは、認可の本質上、本件許可も法律上の効果を発生しないという意味で無効である。そして、本件申請は、前記(1) (2) (3) の事由により無効というべきである。

本件許可が実体上有効な法律上の効果を発生しないとしても、外形的に本件許可が存する限り営業の開始継続は不能であるから、原告は、右の趣旨において本件許可が無効であることの確認を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁と主張

(答弁)

一、請求原因一の事実を認める。

二、請求原因二の(一)の事実中、原告の被用者である運転手らが、原告の申請がないのに、大阪旅客自動車組合から、自動車のナンバープレートを受領したこと、原告がこれを返納し、右は不問に付されていたことを認め、被告側においてナンバープレート交付手続に落度のあつたことを否認し、その余を争う。右ナンバープレートの受領は、昭和三〇年四月二七日、同年五月一三日、同年六月二二日の三回にわたり、その枚数は、四車両分計八枚である。

同(二)の事実中、原告主張の頃、福島警察署員が被疑者笹谷新吾につき道路運送法違反容疑で捜査をしたことを認める。

同(四)の事実を不知。

同(六)の事実中、被告が原告主張の日付で原告に対し、一ケ月間の事業停止処分をし、経営の改善策を命じたことを認める。原告以外に、ナンバープレートの二重使用をした事業者は皆無であつた。

同(七)の事実中、杉田が原告主張の言明をしたことを否認し、その余を不知。

同(八)の事実中、笹谷新吾、坂本間の事情を不知。

同(九)の事実中、笹谷新吾が原告主張の書類を事業譲渡認可申請に必要な書類であると考えたことを認め、その文面内容を見なかつたことを否認し、その余を不知。

同(一〇)の事実中、原告主張の詐欺強迫の存在を否認する。 (主張)

三、被告が昭和三〇年九月三〇日原告に対し一ケ月間の事業停止を命じたのは、原告に次のような違反事実があつたからである。すなわち、原告は、

(イ) 原告所属の事業用乗用自動車四両について、昭和三〇年四月二七日以降ナンバープレートの再交付を受け、同年七月一七日に右ナンバープレートを返納するまでの間、当該プレートを予備車または自家用車に取りつけ、正規の登録番号による車両以外に同一番号による不正の車両をもつて営業をし、

(ロ) 原告所属の自家用自動車一両を同年六月中旬以降約三ケ月間にわたり、特定会社に対して継続的に運送を行い対価を得、

(ハ) 定期検査等のため休車中の原告所属の事業用乗用自動車のナンバープレートを予備車または自家用車に取りつけて営業をし、

(ニ) 道路運送法に定める所要の手続を経ずして、本社営業所を廃止した。

四、原告・日本タクシー株式会社間の営業権譲渡契約の締結には原告主張のような瑕疵は存在しない。

原告会社は、設立後次第にその業積も挙がり、昭和二六年一〇月二三日以降は認可車両数四〇両に達したが、昭和二九年九月頃事業の不振と債務整理の必要から、被告に事業計画変更(二〇両減車)認可申請をなし、右二〇両の売却金七〇〇万円をもつて会社の再建を計つた。そして、同月三〇日付で右減車申請の認可を得たが、原告には右認可申請の際すでに将来において事業の廃止を決意していたことが窺えるのであつて、そのことは当時の原告代表者訴外西村治三郎が被告に対し会社更生に努力してもその効ないときは自発的に事業を廃止する旨を誓約していたことによつても明らかである。

ところで、原告は、右のような事業経営の不振に加え、更にその後一ケ月間の事業停止処分を受けるに及び、昭和三〇年一〇月頃、原告の首脳部において、原告の事業を廃止するとともに日本タクシー株式会社に一、五〇〇万円をもつて営業権の譲渡をすることを決定し、その頃右両者間に営業権譲渡契約が成立したのであつて、なんら詐欺強迫にもとづく意思表示によつて右契約が締結されたものではなく、右営業権譲渡は原告の意思にもとづいて行われたものであり、右契約には何らの瑕疵も存しない。

五、原告は、事業廃止許可申請について、株主総会、取締役会の決議を経ていないと主張するが、

(イ) かかる事項について、株主総会の決議が法令定款により必要であるとしても、議事録(乙第二号証)のとおり決議はなされており、

(ロ) 日本タクシー株式会社との営業権譲渡契約の交渉に参加した訴外笹谷新吾、笹谷新助、芦田芳三、北野光太郎は、原告の大株主であるところからも、右決議の存在は推測され、

(ハ) もし、右事項が株主総会の決議事項であれば、取締役会の決議は不要であり、

(ニ) 仮に株主総会、取締役会の決議を経ていないとしても、法的安定の観点上、付表取締役たる笹谷新吾の意思表示の効力には影響がない。

六、原告は本件申請に関し原告代表者笹谷新吾にその意思がなかつたと主張するが、

(イ) 事業廃止許可申請書(乙第一号証)が笹谷新吾により作成、かつ提出されたものである以上、すくなくとも同人が事業廃止許可の申請なる意思「表示」をなしたことは否定できない。そうすると、仮に同人に申請の内心的意思(真意)がなくても、それを知りながら意思表示をすれば、それは、いわゆる心裡留保(民法九三条)として、表示されたとおりの効力を生ずるはずである。

(ロ) 日本タクシー株式会社との営業権譲渡契約が締結されていた以上、原告の事業遂行は不可能であり、従つて、事業廃止は必至であることから、笹谷新吾は、事業廃止及びその許可申請の意思(真意)を有していたと推測される。

(ハ) また、原告は、日本タクシー株式会社に営業権を譲渡することにより、被告から認可を受けていた事業がその限りにおいて当然経営出来なくなるのであり、それは、事業廃止申請をした場合と結果において何ら異るところがないから、この点からしても、原告の主張は理由がない。

七、仮に営業権譲渡契約について原告主張のような瑕疵が存したとしても、被告には、その認識及び認識可能性がなかつた。

けだし、当時タクシー業界不況のため、企業整理、合理化が業者の自発的意思にもとづいてなされており、その促進、助長のためにタクシー協会内に合理化委員会が存したが、被告は、右委員会の作業には没交渉であり、ただ、右委員会を通じて業者が自発的に企業整理をはかり、その結果、事業廃止の申請をなして来た場合、それに対し所定の決定をする法律上の立場にとどまり、かつ、それを堅持していたからである。

八、仮に本件申請に多少の瑕疵が存したとしても、その申請にもといづてなされた本件許可は、それだけでは当然無効とはいえない。

九、仮に本件申請が何らかの理由により当然無効であり、したがつて、その申請にもとづいてなされた本件許可に重大な瑕疵があるとしても、所定形式の真正なる申請書にもとづく申請を受理し、かつ、前記第三の七のように、背後事情の認識なく許可

処分をした被告の行為には、明白な瑕疵ありとはいい難い。

一〇、原告は本件許可が講学上の認可に当ると主張し、これを前提として本件許可の無効を唱えるが、道路運送法は許可と認可の用語を随所に使い分けており、法令用語使用上の誤りはなく、また、処分の目的を考えても、同法四一条一項に許可と明定する本件許可は、講学上も許可に当ると解すべきである。

第四、証拠<省略>

理由

一、請求原因の事実は、当事者間に争いがない。

二、原告は、原告と訴外日本タクシー株式会社との間の営業譲渡契約の締結により本件申請がなされたと主張するのに対し、被告は、右契約が営業権の譲渡契約であると主張するので、同契約の内容及びその法律的性質についてみる。

<証拠省略>弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー営業)をする原告の代表取締役笹谷新吾と同業者である日本タクシー株式会社の代表取締役坂本長作との間において、昭和三〇年一〇月一〇日頃、原告が日本タクシー株式会社に対し、原告の有する事業用自動車のナンバープレート(道路運送車両法による自動車登録番号標)の全部である二〇車両分付で自動車二四両を、自動車修理機械器具一式とともに、代金二、〇〇〇万円で売り渡す契約をした。右二、〇〇〇万円の代金額は、ナンバープレート一車両分の価格八〇万円、購入価格約八五万円の自動車一両の時価二〇万円、すなわち、ナンバープレート付自動車一両の価格一〇〇万円の見当により、修理機械器具の価額を願慮しないこととしたうえ、右両者間で約定された。日本タクシー株式会社が右売買をした目的は、当時、大阪府陸運事務所管内の一般乗用旅客自動車運送事業をする全業者が事業に供し得る自動車の総数が一定車両数に規整されていたため、右ナンバープレート付自動車二〇両を買い受けることにより同会社の稼動車を二〇両増加するためであつたが、当時、大阪府陸運事務所管内の同業者全員が自治的団体として大阪旅客自動車組合を結成し、同組合内に、業者間の不当なナンバープレート付自動車の売買、不当競争の防止、業界の信用維持等の目的から合理化委員会を設け、業者間のナンバープレート売買の当否を自主的に判断し、当該業者はこれに従うことにしていたので、右原告、日本タクシー株式会社間の売買契約も、右合理化委員会の許諾のあることを条件として締結されたものであるが、同月一四日同委員会は右売買を許諾した。右売買契約は、ナンバープレート付自動車等、修理機械器具だけを売買の目的物とするものであつて、原告が事業に使用していた営業所等の動産不動産またはこれらに関する権利、原告の営業上の質権債務関係殊に多額の負債、原告の運転手等従業員の雇用関係、その他特意先等の事実関係を、原告から日本タクシー株式会社に引き継ぐものではなかつた。日本タクシー株式会社は、右二、〇〇〇万円の支払として、原告に対して間もなく現実に一、六〇〇万円の支払をしたが、その余四〇〇万円については、譲り受けた自動車に関する原告の月賦買掛残債務四二四万円を直接債務者に支払うことによつて決済した。原告は、日本タクシー株式会社から受領した代金をもつて諸債務の支払に充てたが、なお不足する分につき強制執行を受けた。日本タクシー株式会社は、その頃、所定手続を経て、稼働車二〇両を増車できた。他方、原告はそれ以来、一般旅客自動車運送事業を廃止している。

以上の事実が認められる。(中略)

右事実によれば、原告と日本タクシー株式会社間で締結された契約は、営業譲渡契約、すなわち、原告の営業目的である一般乗用旅客自動車運送事業の目的に供せられた積極財産及び消極財産からなる組織的一体としての機能的財産一切の移転を目的とする契約ではなくて、その評価額が右積極財産中で占める割合が大きいとしても所詮積極財産の構成都分であるナンバープレートの保有という事実関係(ナンバープレート一車両分の保有により事業用自動車一両を稼働できるという事実関係)の移転だけを目的とし、これに附随して自動車等も併せて移転するに過ぎない契約であるというべきである。右のような事実関係は、一般に営業の重要な構成要素をなしているのであつて、独立の経済的財産的価値を有するのであるから、いわゆる「営業権」に属するものというべきであり、したがつて、前記契約は、この意味において被告主張のとおり営業権譲渡契約であると認められる。

三、そこで右営業権譲渡契約ないし本件申請について、原告主張の詐欺強迫の存否(請求原因二の(1) )についてみる。

(一)  原告の被用者である運動手らが、原告の申請がないのに、大阪旅客自動車組合から、自動車のナンバープレートを受領したこと、原告がこれを返納し、被告がこれを不間に付していたこと、昭和三〇年九月一六日頃大阪府福島警察署員が被疑者笹谷新吾について道路運送法違反容疑で捜査したこと、被告が同月三〇日付で原告に対し一ケ月間の事業停止処分をし、経営の改善策を命じたこと、笹谷新吾が事業廃止許可申請書(乙第一号証)、臨時株主総会議事録(乙第二号証)、原告作成名義の被告宛回答書(乙第三号証)に押印するに際して、事業譲渡認可申請に必要な書類であると考えていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  <証拠省略>によると、福島警察署員が昭和三〇年九月一六日前記被疑事件について原告会社において商業帳簿、ナンバープレート等の押収をしたことが明らかであり、<証拠省略>によると、被告が原告に対してなした同月三〇日付前記事業停止処分の理由が被告主張(第三の三記載)のとおりであること、右処分と同時に、被告が原告に対し、経営に関する主体性を確立する計画を樹立し、その状況を同年一〇月一五日までに報告することを求め、右計画及びその実施状況が当局の期待に反するときは更に必要なる行政処分を行うことを附言したことが明らかであり、証人中山勝の証言によると、前記営業停止処分は、前記捜査をした福島警察署員からの通知が端著となり、所定の手続を経て同処分がなされるに至つたことが認められる。

(三)  ところで、<証拠省略>は、昭和三〇年七月頃原告の被用者である運転手の一部の者が大阪府陸運事務所からナンバープレート交付の実際の事務を委託されていた前記大阪旅客自動車組合から前記のようにナンバープレートの不正交付を受け、これを不正使用した事件のあつたのを発端として、前記福島警察署による捜査、前記事業停止処分等は、原告に前記営業権譲渡契約を締結させて日本タクシー株式会社の事業用自動車数の増加を図るための一連の陰謀であり、監督行政庁である大阪陸運局の自動車部長杉田幸二及び業者である日本タクシー株式会社の代表取締役坂本長作が、原告代表者に詐欺強迫を加えた結果前記営業権譲渡契約を締結させ、本件申請をさせた旨を証言するのであるが、右福島警察署の捜査に坂本長作ないし日本タクシー株式会社が全く無関係であることは右証人らでさえ証言するところであり、右詐欺強迫というのも具体的に如何なる事実関係からいうのか不明であり、いわば右杉田、坂本の結托を当て推量するに過ぎないものであり、断片的に右両者が結託しているかのような事実を証言する部分は、にわかに信用し難く、原告主張の詐欺強迫の存在を断定できる証拠とはなし難い。

(四)  かえつて、<証拠省略>によると、自動車部長である杉田は業者と直接面接することをせず担当課長以下の者にその応待をさせていたものであつて笹谷新吾と面接したことのないこと、前記営業権の譲渡に関し坂本とも何ら面談したことのないことが認められるのである。更に、<証拠省略>を総合すると、訴外北野光太郎を介して笹谷新吾から事業停止処分の善後策について相談を受けた坂木は、当初笹谷新吾の希望により日本タクシー株式会社か原告に役員を送り込む準備を完了していたところ、笹谷新吾ら原告関係者が急転して営業権譲渡方を申し出たので、右申出に応じた結果、前示のように同年一〇月一〇日頃営業権譲渡契約の締結をみたことが認められるのである。

そして、<証拠省略>を総合すると、当時、業者間においてナンバープレート付自動車の売買、すなわち前記のような営業権の売買が行われていたのであるが、被告は、監督行政庁としてこれに対処するに、一業者がその保有するナンバープレートの全部を挙げて譲渡する場合のみ容認する方針をとり、業者が自主的に行う前記合理化委員会の検討を経た件について、道路運送法に従い譲渡する側の業者に事業廃止許可の申請をさせ、他方において譲り受ける側の業者に増車認可の申請をさせ、これを監督行政庁として独自の立場から検討を加えたうえ、その許認可を決定していたもので、その際、譲渡する側の業者に負債整理を遂行し陸運局に迷惑をかけない旨の誓約書を差し入れさせており、原告も取締役笹谷新助が昭和三〇年一〇月二四日付で右趣旨の誓約書を差し入れていることが認められる。

ところで、<証拠省略>を総合すると、いずれも合理化委員会において原告と日本タクシー株式会社間の営業権譲渡契約が承認された昭和三〇年一〇月一四日かまたは翌一五日中に、休業中で事務員の居ない原告に代り日本タクシー株式会社の職員一名が所要事項は原告の教示を受けたうえ、合理化委員会の指示するところにもとづいた本文を浄書し、笹谷新吾が各作成名義人の署名または記名をし、自己の印または他の作成名義人から預つた印を代理して押捺したものであることが認められ、したがつて、乙第一号証の一般乗用旅客自動車運送事業の廃止許可申請書、乙第二号証の臨時株主総会議事録及び乙第三号証の再建計画に対する回答書は、いずれも真正に成立したと認められる。

したがつて、以上のような事実によれば、原告主張の詐欺強迫は存在しなかつたというべきである。

四、つぎに、原告主張の取締役会及び株主総会の決議の不存在(請求原因二の(2) )についてみる

株式会社における事業廃止自体の意決定は、(その結果たる定款変更または解散は別論として)法令上、株主総会の決議事項とされているところではない。また、証拠上、原告において特に定款により右事項を株主総会の決議事項と定めていたことも認められない。しがつて、株主総会の事業廃止の意思決定に関する決議の不存在をもつて本件申請の瑕疵であるという原告主張は、主張じたい失当である。

しかし、株式会社の事業廃止自体の意思決定は、株式会社の業務執行に関する事項であり、前示のように株主総会の決議事項に属しないから、取締役会の決議事項に属すると解せられる(商法二六〇条前段、なお道路運送法施行規則二四条二項三号参照)。<証拠省略>によると、本件申請当時の原告の取締役が笹谷新吾、西村治三郎、笹谷新助の三名であることが認められるところ、<証拠省略>を総合すると、本件申請に際しては、原告の取締役会が招集されたこともなければ、右取締役のうち笹谷新吾、笹谷新助両名のみが事業廃止に関連して協議決定したものであつて、右取締役西村治三郎をまじえ取締役全員をもつて事業廃止を協議決定した事実のないことが認められるのであり、これに反する証拠はない。そうすると、本件申請については、原告の取締役会における事業廃止についての決議、すなわち事業廃止の意思決定が存在しなかつたというべきである。もつとも、本件申請には、原告の取締役全員の署名または記名捺印のある前記内容の臨時株主総会議事録(乙第二号証)が添付されていたのであり、原告主張のように、本件許可当時、被告において原告の事業廃止に関する意思決定の不存在を知つていたことを認め得る証拠はないのである。

ところで、本件申請は、原告代表取締役笹谷新吾が右のように取締役会の決議が存在しないのになしたその代表行為であるけれども、単に原告の内部的意思決定を欠くに止まるものであり、被告が右決議のないことを知りまたは知り得べかりしことを肯定し得る証拠はないから、民法九三条本文の法理に準拠し、これを有効であるとすべきである。(しかも、原告は前示認定のいきさつの下に多額の負債を整理するためみずからその事業を実際に廃止した。)したがつて、原告主張の取締役会決議の不存在をもつて、本件申請、したがつてこれを前提要件とする本件許可を無効ならしめる事由とすることはできない。

五、進んで、原告主張の笹谷新吾の本件申請の意思の不存在(請求原因二の(3) )についてみる。

笹谷新吾が事業廃止許可申請書(乙第一号証)等を事業譲渡認可申請に必要な書類であると考えていたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。ところで、もともと、原告と日本タクシー株式会社間の契約は、前示認定のとおり単に営業用財産たるナンバープレート権すなわち営業権の譲渡契約にすぎないものであつて、原告が免許(特許)された一定の事業計画にもとづく原告の事業(営業)そのものを譲渡する契約ではないから、道路運送法三九条により事業(営業)譲渡認可申請をなすべき場合ではなかつたのである。

しかしながら、笹谷新吾が原告と日本タクシー株式会社との契約について、原告代表取締役として、右契約を履行するため所定の手続をする意思を有していたことは、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨から優に認められるところである。右所定の手続とは、前記のとおり、個々の営業用財産にすぎないナンバープレート権すなわち営業権を譲渡する側において、事業廃止許可申請をすることにほかならないのであるから、たとえ、笹谷新吾が、道路運送法上、同法四一条の事業廃止許可申請をするものではなくて同法三九条の事業譲渡認可申請をするものであると誤解(それは法的評価の誤りにすぎない。)しながら本件申請をしたにしても、本件申請をするにつき、事業廃止の意思があつたものというべきである(新吾が、営業用財産にすぎないナンバープレート権の譲渡を事業譲渡に当ると考えたのは、法的評価の誤りであるにすぎない。)。

したがつて、本件申請につき笹谷新吾にその意思がなかつたという瑕疵はないといえる。

六、以上の次第であつて、本件申請には、原告主張の瑕疵がないか又は存在するとしても本件許可を無効ならしめるものではないので、その他の判断を加えるまでもなく、本訴請求は理由がないから棄却すべく、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 平田孝 石井一正)

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